外的要因による脳の変化についての考察。

真面目な題でスイマセン。
ちょっと自分自身に関連したことで文書化して整理したい事がありまして。

私は学生の頃交通事故に遭い、生死の境を彷徨った経験があるらしい。
なんで「らしい」のかといえば私はその前後の記憶がすっぽり抜け落ちているからなのですが。
確かに気がついたら病院の中にいたし、三日ほどはベッドの上から降りることも出来ずにいたわけですけども。

覚えている限りの記憶と、人から聞いた話を総合するとですね。
私は雨の日に学校の帰り道で、車に撥ね飛ばされたそうです。
信号は青、しかも横断歩道の上。一方的なドライバーの過失だったらしいですが。
私はこの横断歩道を渡っているところまでの記憶しかないのですが、どうやら跳ね飛ばされた後も普通に話し、動いていたようです。
私を跳ねたドライバーに当たり散らし、駆けつけた救急車に自力で乗り込み、横になったところで気を失ったと聞いております。
その後一時的に覚えているのは殆ど明かりのない病院の廊下を歩かされている所。
その後またすぐに記憶がなくなり、次の記憶はベッドの上でした。
でもやはりこの間も私はしっかりと医者と話をし、検査移動も自力で歩いていたといいます。
事故直後の検査が終了し、眠りについた私は丸一日目を覚ますこともなく、このまま起きないかも知れないと医者は言っていたと後で聞きました。
つまり私が目覚めたのは事故の次の日ではなく、翌々日。
実際にベッドの上にいたのは三日ではなく四日だったわけですね。

はい、ここで疑問。
事故直後から深睡眠に落ちるまでの間、行動していた自我は一体何なのか。
というか誰だ?
何かの冗談だろうと思っているのですが、なんど親兄弟に確かめても返ってくる答えは同じ。
興味深いのは、私が覚えていない間の私はかなり攻撃的であったということ。
普段は酒でも飲まない限りリミッター外れることはないんですがねぇ・・
つまりこのとき表面化していた自我は、私の本質であり、完全なる素の自分なのかもしれませんな。

頭蓋骨骨折と強度の鞭打ち、そして直径5センチ程度の脳挫傷。
私は運良く脳内の血が留まることなく拡散したために助かり、一月ほどで完全に普通の生活に戻りましたが、周りの話ではこの事故を境に私は変わったと言います。

妹の話。
あるとき用があって私の部屋を訪れたときのことらしいのですが。
私はステレオで音楽を聴き、TVゲームをしながら足元で雑誌を読み、肩に電話を挟んで友人とおしゃべりしていたそうです。
・・よく覚えてないんだけどさw
あまりに異様な光景にちゃんと理解しているのかと質問したところ、私はさらっと全てのことを説明してのけたそうです。
うそ臭い・・・w
高校時代の友人の話。
元々あまり感情の起伏が激しくない私なんですが、それに輪をかけて感情が出なくなったといわれました。
その一方で平常時と切れているときの落差が大きくなったとも言われました。
ていうか凶暴になった?

今現在の私はといえば確かに落ち着いてるようには見られるけどもいたって普通の人です。
当然妹が目撃したような超並行作業はとてもとても出来ません。
まぁ・・・インドア派になっているなぁとは思うが、さして大きな変化があったとは思っていないわけで。
つまり何が言いたいのかってーとほんとに脳に対する外的衝撃が影響して人が変わってしまうのかって事ですよ。
いかんせん自分じゃ自覚がないわけで、変わった変わった言われててもピンとこないわけですな。
ほんとにそんなことあるのかよ?と。当事者の癖にものすごく疑問視しているわけでゴザイマス。
こんな事例とかってそこらに転がっているものなんですかねぇ・・・
調べてみようかとかたまに思いつつもどうしたらいいものか判らず今まで放置。



ってことが書き留めておきたかったのです。そんだけ。
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by noscom-1st | 2005-04-27 22:34 | 雑記
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